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神戸地方裁判所 昭和49年(ワ)672号 判決

原告 国東光治

右訴訟代理人弁護士 橘一三

同 本田卓禾

被告 国

右代表者法務大臣 福田一

右訴訟指定代理人 宇田川秀信

〈ほか五名〉

主文

一  被告は原告に対し、金三〇三万六、〇〇〇円および内金二七六万円に対する昭和四六年一一月八日から、内金二七万六、〇〇〇円に対する本裁判確定の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金一〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金八二四万九、八九二円および内金七四九万九、九〇二円については昭和四六年一一月八日から、内金七四万九、九九〇円については判決確定の日の翌日からそれぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、喫茶店「さりげなく」を経営しているものであるが、昭和四六年一一月七日午前一二時過ぎごろ、訴外松本邦敏運転の普通乗用自動車(神戸5る一九―七七)の助手席に同乗し、国道一九号線を西進して長野市より松本市に向う途中長野県更級郡大岡村甲五、三六九番地先児玉橋にさしかかった際、同橋梁の西行線側のガードレール先端部分が同所を進行中の本件普通乗用車の左前車輪下から泥除けの内側を通りぬけて助手席に突き刺さり、右助手席に同乗中の原告の左足に当り原告は左足開放性複雑骨折等の重傷を負った。

2  国道一九号線は道路法第三条第二号の一般国道であって国の設置管理する営造物である。

右国道は全区間に亘り建設大臣が直接管理しているものである。

3  本件事故当時、本件事故現場のすぐ横で新橋梁の架橋工事中であって、右新橋梁が完成の時には本件事故現場の旧橋梁は撤去されることになっていたために右旧橋梁の設置保存に欠けていた。すなわち、

(一) 本件事故現場である旧橋梁の東寄りの西行線側のガードレールは、本来ならその末端部分もボルトとナットで支柱に固定されているべきものであるが、それが固定されないままに放置され、かつ右ガードレールの先端が元来車両等との接触防止のために外側に向けられるべきものであるのに、逆に内側(道路側)に向いていた。

(二) 本件事故現場の手前は、凡そ角度九〇度の急カーブであり、かつ、児玉橋の巾員が極めて狭いものであった。このような橋梁は、国道として通常備えるべき安全性に欠けているものというべきである。しかも、事故現場附近には、急カーブを示す標識がなかった。

(三) 前記のとおり本件事故当時、現場のすぐ横で新橋梁の架橋工事中であったが、事故当時にあった道路標識は、「一〇〇メートル先工事中」、「二〇〇メートル先工事中」、「三〇〇メートル先工事中」の標識だけであった。しかもこれらの道路標識は、本件事故現場の一〇〇メートルないし一五〇メートル手前で道路脇の工事をしていたものに対する標識であって、本件事故現場側の新橋架設工事を表示していたものではない。本件事故現場の手前で本件事故現場付近に関係ありそうな道路標識は一つだけで、その標識の上のものは全く反対側に向いており、下の標識の「徐行」とあるのも道路の外側に向いていた。

(四) また、本件事故現場付近のような場所で新橋を架設する場合には、土砂が道路上に流出しないように道路側に側溝を設けるなどの行為をなすべきであったのに、被告はこれを全くしていなかったため、本件事故当時、現場付近には多量の土砂が流出していた。

以上のとおり被告において設置管理があり、そして、そのまま放置すれば、車両等が前記ガードレールに接触し、本件事故のような車に突き刺さるなどの危険を十分予見できたのにかかわらず、被告は、不注意にもそれに対するなんらの防災手段を講じなかった。

4  原告は本件事故より左記のとおりの重傷を蒙った。

(一) 左脛骨開放性骨折

(二) 治療経過

(1) 入院 長野県厚生農業協同組合連合会新町病院

自昭和四六年一一月七日至同年同月一九日

(2) 入院 労働福祉事業団神戸労災病院

自昭和四六年一一月一九日至同四七年三月九日

(3) 入院 右同病院

自昭和四八年四月一二日至同年同月二五日

(4) 通院 右同病院

自昭和四七年三月一〇日至同四八年四月一一日

(5) 通院 右同病院

自昭和四八年四月二六日至同年五月一四日

5  損害

(一) 療養費 金一七四万六、四〇二円

(1) 治療費   金六八万五、七八九円

新町病院        金二三万二、九五〇円

神戸労災病院     金四五万二、八三九円

うち入院中の治療費 金四三万六、一〇九円

うち通院中の治療費   金一万六、七三〇円

(2) 治療付随費 金三二万〇、八六〇円

(但し、医師、看護婦ら病院関係者への謝礼金及び付添婦に対する手当金、謝礼金を含む)

新町病院関係      金六万五、八九〇円

神戸労災病院関係 金二五万四、九七〇円

(3) 食費        金九万二、四二五円

新町病院関係    金一万〇、一五三円

神戸労災病院関係 金八万二、二七二円

(4) 交通費       金二八万一、五〇〇円

新町病院関係    金一一万三、九三〇円

神戸労災病院関係 金一六万七、五七〇円

うち入院中       金一万六、七〇〇円

うち通院中     金一五万〇、八七〇円

(5) 入院中の諸雑費 金三六万五、八二八円

新町病院関係      金九万二、二〇九円

神戸労災病院関係 金二七万三、六一九円

(二) 逸失利益    金二七五万三、五〇〇円

(1) 前記喫茶店「さりげなく」の従業員訴外高畠に対する昭和四六年一一月から同四八年六月までの上積給付金九六万円

(2) 昭和四六年一一月から同四八年六月までの同喫茶店アルバイト人員に対するアルバイト料金一七九万三、五〇〇円

(三) 慰藉料            金三〇〇万円

(四) 弁護士費用    金七四万九、九九〇円

(五) 請求金額合計 金八二四万九、八九二円

6  右損害は建設大臣が管理している国道一九号線の設置又は管理に瑕疵があったがために原告に生じた損害であるから国家賠償法に基づき被告が賠償すべきものである。

よって原告は被告に対し金八二四万九、八九二円およびうち金七四九万九、九〇二円については昭和四六年一一月八日から、うち金七四万九、九九〇円については判決確定の日の翌日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めて本訴に及んだ。

二  請求原因に対する認否

1  第1項の事実のうち、原告がその主張の日時ごろ、訴外松本邦敏運転の普通乗用車の助手席に同乗し、国道一九号線を西進中、児玉橋にさしかかったところで、同自動車にガードレールが突き刺ったことおよび原告が負傷した点は認めるが、その余の点は不知である。

2  第2項の事実は認める。

3  第3項の事実のうち、本件事故現場のすぐ横(但し、約五メートルの間隔がある。)で新橋梁の架橋工事中であった点、および新橋梁が完成の暁には旧橋梁が撤去されることになっていた点、旧橋梁東寄り西行線側のガードレールの末端部分(但し、東寄り末端の支柱に位置する部分)が支柱に固定されていなかった点はいずれも認めるが、被告において設置管理の瑕疵があったとの点は否認し、その余の点は争う。

4  第4項および第5項の各事実は不知である。

5  第6項の事実は争う。

三  被告の主張

1  本件道路の状況

本件道路(名古屋市を起点とし松本市を経て長野市に至る一般国道一九号)は、全区間道路法一三条一項にいう指定区間で、その管理は建設大臣が行なっているものである。

本件事故現場付近の道路は、上り(名古屋市方面)下り(長野市方面)各一車線のアスファルト舗装で、道路中央には車道中央線(センターライン)が白ペイントで設置されており、児玉橋の手前(長野市寄り)は曲線半径約三〇メートルのカーブを描き、同橋の長野市寄り橋詰(以下「児玉橋東詰」という。)の幅員は五・五二メートル、うち上り車線の幅員二・七六メートルであり、本件事故当時は、路面は小雨(事故当日の午前九時から同一二時までの降雨量一〇ミリ、時間当り約三ミリ)のため濡れていた。

なお、本件事故当時、児玉橋南側横では新橋架設工事を施行中で、これに伴い児玉橋東詰から長野市寄り約一四五メートルの区間では、道路拡幅工事を行っていたため、本件事故現場付近については道路交通の安全と円滑を確保するため次の諸措置を講じていたものである。

すなわち、児玉橋東詰から長野市寄り約二四五メートル、同約三四五メートル、同約四四五メートルの各地点左側路側には、それぞれ一〇〇メートル先、二〇〇メートル先、三〇〇メートル先から道路工事が行なわれていることを予告する標示板を、同一六九メートルの地点の左側路側には「徐行」の道路標識を、その手前(長野市寄り)には「工事中」の道路標識を、また、前記「徐行」の道路標識のある地点より数メートル先には道路工事中であることを示す標示板及び通行者に協力を求める旨の記載をした標示板を、同じく児玉橋東詰から長野市寄り一四五メートルの地点の左側路側には「右方屈曲あり」の道路標識とこのカーブでの安全速度が時速三〇キロメートルであることを示す道路標識を、同一一五メートルの地点の左側路側には「徐行」と、「注意」の道路標識を各々設置し、道路交通の安全と円滑の確保に努めていたものである。

2  本件ガードレールの状況

本件事故現場(児玉橋の両側)に設置されていたガードレールは厚さ二・三ミリメートルの鋼板で強固なものであるが、その形状はさらにその強度を増すため波形(道路の外側に向って弓の字のような形)をなしており、これを真横から見た場合の巾は三四・七センチメートル、真上から見た場合の巾(コルゲーション)は五・二センチメートルである。

また、児玉橋の上り車線側東側のガードレールは、児玉橋東詰から西に向って三番目のガードレール支柱(以下「三番目の支柱」といい、支柱の番号はこれに準ずる。)までの部分は一本の真直なものであって、三番目の支柱及び二番目・一番目の各支柱にボルト・ナットで固定されるような構造となっていた。

したがって、事故当時本件ガードレールは一番目の支柱には固定されていなかったけれども、同支柱から約八五センチメートルしか離れていない二番目の支柱及び三番目の支柱には固定されていたものであって、その材質及び形状からみて本件ガードレールは相当の強度を有していたから、その先端部は一番目の支柱に固定されていたのと殆んど異ならない機能を有していたものである。

3  管理瑕疵の不存在

(一) 原告は新橋梁が完成の暁には本件事故現場の旧橋梁は撤去されることになっていたため旧橋梁については設置保存に欠け、一番目の支柱にガードレールが固定されていなかったことから、外側に向くべきガードレールが内側に向いていた旨主張するが、本件道路は、名古屋市と長野市を結び主要幹線道路であって、通行車両も多いことから、道路管理者は交通に支障を来たさないようその維持管理は十分に行っていた。

すなわち、本件事故現場を含む長野県東筑摩郡生坂村山清路から長野市篠ノ井小松原までの間については長野国道工事事務所信州新町出張所をして毎日道路巡回を行なわしめ、道路が常に良好な状態に保たれるため道路及び道路の利用状況を常時正確に把握し道路の異常等に対して迅速かつ適切な措置を講ずるよう道路管理に万全を期していたものであり、本件事故の前日である一一月六日の道路巡回においても原告が主張するようなガードレールの先端が内側を向いていたという異常な事態は認めておらず、本件ガードレールは前項で述べたとおり一番目の支柱に固定されていたのと同様の機能と形状(状態)を有していたのであるから、原告の主張は失当というべきである。

(二) 原告は、本件道路は事故現場手前が九〇度の急カーブで旧児玉橋の巾員が狭いため多数の交通事故のあった欠缺道路で、その旧児玉橋の設置に瑕疵があったと主張するが、次のとおり本件道路の設置には瑕疵はなく、かかる主張は失当である。

山間部に道路を設置する場合は、地形の関係から道路にある程度のカーブや起伏が生ずることは避けられないところであり、単にカーブや起伏が存在するからといって、そのことが直ちに道路の設置の瑕疵につながるものではない。

けだし当該道路を通常の注意力を有する者が通常要求される程度の注意を払うことにより、安全に通行できるならば、その道路に瑕疵はないといえるからである。

ところで、昭和四二年三月に訴外国際航業株式会社が作成した本件道路の測量図によれば、一般国道一九号の長野市から本件事故現場までの間には、曲線半径(道路中央線を円曲線とみた場合の半径)が六〇メートル以下の箇所は三〇箇所あり、そのうち本件事故現場と同じ曲線半径三〇メートルの箇所およびそれ以下の箇所は六箇所あったことが明らかである。

そして曲線半径三〇メートル以下の箇所は本件事故当時も五箇所あったのであるから訴外松本邦敏は長野市を出発して途中から運転したとしても本件事故現場に至るまで少なくとも曲線半径三〇メートルの箇所を二箇所は通過している筈であり、そのほかにも大小のカーブがあったのであるから事故現場に至るまでに本件道路が起伏とカーブの多い山間道路であることは十分予知しえた筈である。

そこで、このような山間道路の形状と小雨で路面が濡れていたこと等事故当日の道路の状況をふまえて、これに対応した適宜の運転をすれば本件事故現場のカーブは安全に通行できたものである。

また、旧児玉橋の巾員は、五・五二メートルあり、うち上り車線の巾員は二・七六メートルあるので、本件事故車両が通行するには十分な巾員があり、車道も旧児玉橋の橋梁部分で急に狭くなっているような事実もないのであるから、これをもって旧児玉橋の設置に瑕疵があったとすることはできない。

(四) 原告は、本件事故現場付近の手前には必要な標識も十分でなかったとか、新橋梁架設工事にあたり土砂が流出しないよう側構を設けるべきであったとして本件道路の管理上の瑕疵があったと主張するが、かかる主張は次のとおり失当である。

(1) 本件事故現場付近の手前には橋梁工事および道路拡巾工事を示す標識その他安全運転に必要な標識が設置されていたことは、すでに述べたとおりである。

しかも、車両の運転者は、道路標識の有無を問わず当該道路の状況に応じて適宜の運転操作をすることが義務づけられている(道路交通法七〇条)から、訴外松本邦敏が事前にカーブ、起伏の多い山間道路の特殊性を考慮して安全運転していたのであれば、本件事故は容易に回避しえたのに同人がかかる遵守義務を履行しなかったことにより本件事故を発生せしめたのにすぎないから、本件事故と標識の存否とは因果関係はない。

(2) 原告は土砂が多量に流出していると主張するが、本件事故当時土砂のある部分は路肩および未舗装の接続道路に相当する部分であって、本件道路の車道部分には土砂はわずかしか存在しておらず、原告の主張は根拠のないものである。

4  本件事故の原因

本件事故現場は、前記第1項で述べたとおりの道路状況で、通常の運転操作であれば、一、五七メートルの車幅を持つ本件事故車は十分安全に走行が可能な状況であり、たまたま事故当時道路拡幅工事中であったとはいえ、その手前には標示板・道路標識等も設置されており、また当日は小雨で路面が濡れていたのであるから運転者としては当然徐行して運転すべきであったにもかかわらず、事故当時学生で自動車運転の機会も少く運転技術の未熟な訴外運転者松本が相当なスピードを出し、しかもハンドルに欠陥のある乗用車で本件事故現場のカーブを曲ろうとしたため車体後部の横すべりにより児玉橋東詰のコンクリート柱及び本件ガードレールに車体を衝突させたものである。

したがって、本件事故は訴外運転者松本の無謀というべき運転上の過失、ないしは運転未熟によるものであって、道路の設置管理の瑕疵によるものではない。

5  さらに、原告主張の損害金のうち療養費、弁護士費用は、その支出を要したころ、加害者である松本邦敏側において、原告に対しすべて弁済している。

四  被告の主張に対する認否

争う。

第三証拠《省略》

理由

一  本件事故の発生

1  (当事者間に争いのない事実)

原告が昭和四六年一一月七日午前一二時過ぎごろ、訴外松本邦敏(以下単に邦敏という)運転の普通乗用車(以下本件自動車という)の助手席に同乗し、国道一九号線を西進して長野市から松本市に向う途中、長野県更級郡大岡村甲五、三六九番地先児玉橋にさしかかった際、同橋西側にあるガードレール末端部分が本件自動車に突きささり、そのため原告が左足開放性複雑骨折等の傷害を負ったこと、国道一九号線は被告の設置管理する営造物であること、右ガードレール末端部分が支柱と固定されていなかったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  (本件事故現場付近および本件自動車進行状況)

前記ガードレール末端部分のうちその先が道路内側に向いていたかどうかの点はしばらくおき、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  原告は、信州松本観光旅行のため昭和四六年一一月七日午前二時ごろ、自己所有の本件自動車(イタリヤ、フルファセメオ社製、車長四・四メートル、車幅一・五メートル、車高一・四三メートル、右ハンドル)の後部座席に原告の母と邦敏の母、助手席に邦敏をそれぞれ同乗させて神戸市内を出発し、大津や春日井のインターチェンヂを経て本件現場付近まで向う途中、休憩をとったり、あるいは邦敏(昭和四五年七月運転免許を取得し、本件事故当時大学生であった)と運転を交代し、本件事故当時、前記のとおり邦敏が本件自動車を運転し、原告が助手席にいて休息していた。邦敏は自動車運転をして本件事故現場付近を通過するのが始めてであり、本件事故当時小雨が降っていて、国道一九号線の路面が濡れていた。

(二)  右国道一九号線は、松本市と長野市とを結ぶ幹線道路であり、車両の交通量が多く(昼間一二時間で約四、〇〇〇台、二四時間で約六、〇〇〇台)、アスファルト舗装された平坦な二車線であって、道路の中央にセンターラインが白ペイントで引かれていたほか本件現場付近の状況は、別紙図面第1、第2図に示すとおりである。これにふえんすると、児玉橋の手前すなわち長野市寄りの道路の幅員は、同図面第1図中(ヘ)(ホ)の間で九・三〇メートルであるのに対し、児玉橋の橋上の幅員は、同図面第2図記載のとおり五・五五メートルであって、しかも、同図面第1図記載に示すとおり、児玉橋道路とその手前(長野市寄り)の道路とは約九〇度の角度があり、そのカーブ地点では児玉橋へやや下り勾配となっている。児玉橋の両側らんかんにガードレールが付設されていて、同橋東詰の南側らんかんの状況は別紙図面第3図記載のとおりであり、ガードレールは、同図面中左端の支柱以外の各支柱にボルトとナットとで固定されている。同図面中赤点線のガードレール部分が本件自動車につき刺さった末端部分であって、昭和四六年一二月二四日の現場検証(第二回)時、すでに被告職員の手によって全部切断されて取り外されていたが、固定されてなかった同図面中左端の支柱につきその中央の穴は右検証時、まわりが少しさびて泥のような土砂が付着していた。同支柱に沿って東側にコンクリートの柱があり、本件事故当時その付近は、同図面第2図記載のとおり土砂が道路上に散乱していた。

本件事故当時、児玉橋の南側に新しい橋が架設工事中であって(この事実は当事者間に争いがない)、この新しい橋は児玉橋東詰の道路よりも一段と高い位置にあり、その前方が非舗装地帯であった。また、長野市寄りの道路東側には、別紙図面第1図の「道路工事中のところ」と表示した部分で新橋架設に伴う道路拡幅工事が行われていた。

本件事故当時、長野市寄りの道路東側の道路標識としては別紙図面第1図の(ル)点以北に「三〇〇メートル先工事中」、「二〇〇メートル先工事中」、「一〇〇メートル先工事中」である旨表示した標識がそれぞれの地点にあったほか、右ル点には、徐行と工事中を表示した標識が、児玉橋東詰から一四五メートル手前の別紙図面中の(ヌ)点には、右方屈曲ありこのカーブでの安全速度が三〇キロメートルであることを示す標識があった。同図面リ点付近にも、徐行と注意を示す標識が存在していたけれど、その標示板は、自動車の進行方向から反対側あるいは外側に向いていて標識としての用をたしていなかった。

長野市寄りの道路から児玉橋にかけての見とおしはよく、同橋の地点でカーブすることは、同橋東詰五〇メートル手前の地点でこれを発見できる状況であった。

(三)  邦敏は、本件事故当時、前記国道一九号線の長野市寄り道路の左側を当初六〇キロメートルの速度で西進し、前記(ル)点手前で四〇キロメートルに減速したが、新しく架けられた橋が進路であると思ってそのまま進行したところ、児玉橋東詰から三〇メートル手前の別紙図面第一図(ホ)点付近まできたとき、進路が児玉橋で急カーブすることに気づき、あわててハンドルを右にきったが、それより六・六メートル進んだ地点で本件自動車が横ぶれし、さらに三メートル進んだ地点でハンドルを左に切ったものの、遠心力が路面の摩擦力を上回って、本件自動車は横すべりし、児玉橋東詰のセンターラインに対して車体後部が左へ寄り、相当な角度でコンクリート柱に衝突し、それと同時にガードレールの末端部分が車体の左フロントフェンダー後部に突きささり、助手席に座っていた原告の左足を傷つけてしまった。邦敏は、気が動転してその事故に気づかず、ハンドルを左に切ってガードレールの横を通過しようとしたので、本件自動車に突きささったガードレールの末端部分は、曲ったり、一部を切断した状態で本件自動車から離脱し、その際の反発により、本件自動車は、右斜め方向に約一〇メートル進行し、右前フェンダー前部を児玉橋反対側(北側)らんかんに衝突して停車するに至った。

3  (本件事故以前、ガードレールの先端が道路内側に向いていたことの有無)

原告は、ガードレールが本件自動車に突きささる以前、ガードレールの先端が道路内側に向いていたと主張しているので、この点につき検討してみる。

《証拠省略》によると、本件事故後、本件自動車には、左フロントフェンダー後部に縦約三八センチの大きな断裂痕跡があり、その損傷部位が助手席を通り越して中央部付近まで及んでいること、左側前部ドアおよび後部ドアに約五センチメートルの凹損傷があること、その他に本件自動車の左側には損傷がないことが認められ、《証拠省略》を総合すれば、本件自動車左フロントフェンダー後部の前記大きな断裂痕跡は、児玉橋東詰東側らんかんに設置されていたガードレールの末端部分によりなされたものであり、右ガードレール末端部分の先が本件自動車に接触した時点におけるガードレールに対する本件自動車の角度は、直角に近い鋭角であって、右ガードレール末端部分の先が本件自動車の前記断裂部位を突き抜けて助手席を通り越し中央部分まで及んだものであること、本件自動車の左側前部ドアおよび後部ドアの前記凹損傷は、児玉橋東詰南側の前記コンクリート柱に本件自動車が衝突した際に生じたものであることが認められ、以上認定事実に、(1)《証拠省略》(2)前述のとおり前記ガードレール末端部分は、その間近にある支柱とボルトで固定しておらず、その支柱の穴が少しさびついていた点(3)もし右ガードレール末端部分の先が道路内側に曲っておらず、前記コンクリート柱に密着ないし道路外側に向けられている状態であったとすれば、本件自動車左側が右コンクリート柱およびガードレールに衝突しても、ガードレールの具有する強度性からみて、ガードレールの末端部分が車体に突きささるようなことがあり得ないものである点、(4)もし本件自動車が右ガードレールに衝突して、その末端部分の先を道路内側に曲げさせたものとすれば、本件自動車のガードレールに対する前記進行角度からみて、本件自動車の左側前部に損傷があるはずであるのに、前記のとおりその部位に損傷がない点(5)《証拠省略》によると、本件事故以前、他車が前記コンクリート柱に衝突し、大きな同柱は裏側に大分傾いていることが認められる点、などを合せ考えてみると、児玉橋東詰南側ガードレールの末端部分が、本件事故以前において、間近の支柱とボルトで固定されていなかったというだけでなく、その先端が相当な角度で道路内側に向けられていたものと認めることができる。

(第1図)

二  被告の責任

国家賠償法二条一項にいう道路の管理の瑕疵とは、道路の維持、修繕、保管に不完全な点があること、すなわち、道路が当然備えるべき安全性を欠いている状態を指称し、その瑕疵は道路自体のみならず、交通安全のため特に設けられているガードレールなど施設の不備に基づくものをも包含するものである。

これを本件についてみるに、上叙認定事実によれば、児玉橋東詰南側のガードレール末端部分は、間近の支柱にボルトで固定されていなければならないのに固定されておらず、また、その場合、事故防止上、ガードレールの先端は道路外側に向けているべきなのに、それが相当な角度で道路内側に向けられていた状態であったものであるところ、本件事故現場付近は車両の交通量が多いうえに長野市寄りの道路の幅員が九・三〇メートルであるのに対し児玉橋の橋上幅員が五・五二メートルと狭くなり、かつ両者の道路が九〇度の角度で屈曲し、児玉橋の東側に新しい橋が架設工事中などという前記道路状況にあったのであるから、長野市寄りの道路から児玉橋に向け進行する車両が前記ガードレールと接触して事故を起すおそれのあることは容易に予想できるところであり、前記ガードレールの不備は車両の交通安全を害し、したがって、本件事故現場の道路は、客観的に前記ガードレールの不備に基づき、道路として通常備うべき安全性を欠いており、被告の道路管理に瑕疵があったものといわなければならない。

前記認定事実によると、本件自動車を運転していた邦敏において、本件事故直前、三〇キロメートルの速度制限の標識を見落したり、道路の状況を無視して四〇キロメートルの速度で進行し、児玉橋への屈曲をその手前五〇メートルの地点で発見できるのにかかわらず、三〇メートル手前の地点まで進行して始めてこれに気づいたことや、車体が横ぶれしているのにハンドル操作をしただけでその場を切り抜けようとし、遂に本件自動車を児玉橋東詰南端の前記コンクリート柱に衝突させ、同時に前記ガードレールの先端に接触させたものであることが明らかであって、本件事故につき邦敏にも自動車の運転上、前方不注意、速度違反、ハンドル、ブレーキ操作不確実という過失のあったものといわなければならないが、邦敏に右のような過失があっても、本件事故現場の道路について、前認定のとおり通常道路としての具有すべき安全性を欠いているものである以上、道路の管理に瑕疵があったというべく、同道路管理者である被告において、右瑕疵があったため生じた本件事故につき、責任を免れることができない。また、《証拠省略》によれば、被告は、本件事故当時前記国道一九号線を管理するために長野国道工事事務所信州新町出張所を設置し、ここに職員五名を配置し、毎日巡回、夜間巡回(一週間に一回)、定期巡回(三ヵ月に一回)を実施して、本件現場付近を含む受持区域間をパトロールし、路面、ガードレール等施設の状況、道路標識の有無などを調査し、異常があれば直ちに修理するなどして道路の維持管理を行ない、事故の防止に努めていたことが認められるが、右のように平素、補修の態勢が講ぜられていても、本件事故現場における前記ガードレールの不備につき直接危険防止の補修措置がとられてない以上、管理の瑕疵を免れることができない。因みに、前記ガードレールの先端が事故以前のいつ、どのような原因で道路内側に向けられるようになってしまったのかは、証拠上明らかでないが、ただ前認定のとおり、そのそばのコンクリート柱に他車の衝突している形跡があるので、それも他車によるものと考えられよう。その場合、他車による右ガードレールの不備が被告職員の前記巡回後、本件事故直前までの間、すなわち、客観的に管理者の管理行為が及び得ないような状況のもとで斉らされたものとすれば、管理の瑕疵ということができない。しかし本件では、右のような状況でガードレールの不備が生じたという特段の事情を《証拠省略》そのほか本件全証拠によるも確認できない。そこで、右ガードレールの不備に対する被告職員の認識ないしは過失の有無を問わず、道路の管理に瑕疵があったものといわなければならないのである。

そうすると、被告は、国家賠償法二条一項に基づき、本件事故により蒙った原告の損害を賠償する義務がある。

三  損害

1  療養費関係

《証拠省略》によれば、原告は、本件事故による前記受傷治療のため、原告主張の各病院にその主張どおり入院(合計日数一三六日)、通院(合計日数五二日)したことが認められ、《証拠省略》によれば、原告の右入通院に関し、原告主張の諸経費を支出されていることが認められる。しかし、右諸経費のうち、本件事故との関係で相当と認め得る損害費用は、1治療費六八万五、七八九円、2派出家政婦に対する付添看護費一一万〇、二三〇円、近親者の付添費一三万六、〇〇〇円(入院一日一、〇〇〇円として換算)、交通費二八万一、五〇〇円、入通院の諸雑費七万五、二〇〇円(入院雑費とは日用雑貨費、食糧品の購入代金、新聞雑誌代等入院の有無にかかわらず、日常生活に不可決な品目の購入費用等であって、入院前と比較した場合入院によって増加した分をいうが、その増加分の算定は困難であり、また見舞客接待費および医師、看護婦等に対する謝礼の相当分も損害額たり得るが、その相当分の算定も困難であるので、これらにつき、現実に支出された金額のいかんを問わず、入通院一日四〇〇円として前記入通院一八八日に乗じて計算)、以上合計金一二八万八、七一九円の範囲とする。

ところで、本件事故につき邦敏の過失があったことは前認定のとおりであり、本件事故は、被告の道路管理の瑕疵と邦敏の過失とが競合して発生したものであって(過失割合は各五割)原告に対しては、被告と邦敏とは共同不法行為者となり、その損害賠償義務につき不真正連帯債務の関係にたつものであるところ、《証拠省略》を総合すれば、邦敏の父親である松本久雄は邦敏を代理して、原告の暗黙の請求により、叙上認定の損害につき、その支出を要した都度、原告に対し弁済していることが認められるから、被告に対し、邦敏がその負担部分を越える分を請求するなら格別原告の右損害請求部分は排斥を免れない。

2  逸失利益

原告本人の供述によれば、原告は本件事故以前から、高畠某ほか三、四人の従業員を雇ってジャズ喫茶店「さりげなく」を経営しているものであるが、前記受傷により本件事故後から、昭和四八年六月までの三〇ヵ月間、同店の業務に掌わることができず、同店の経営を維持する必要上、従業員の長である右高畠に給料割り増し金九六万円(月三万二、〇〇〇円)を支払って店を切り盛らせ、またアルバイト二名を雇い入れて給料を支払っていたことが認められ、右高畠に対する割り増し給付金九六万円およびアルバイト一名に対する月一万円の割合による同期間の給料支払分三〇万円合計金一二六万円をもって、本件事故に基く、原告の逸失利益損害と認める。

3  慰藉料

《証拠省略》によれば、原告は、本件事故により、前記受傷治療のため、長期間入通院を余儀なくされたほか現在も左足関節背屈右六〇度、左九〇度、蹠屈右一三〇度、左一一五度しか曲らず、歩行に著しい障害を残し、左下腿に大きな醜い瘢痕を残しているなど後遺症のあることおよび本件事故のため喫茶店「さりげなく」における原告の顧客が減少したことが認められ、それら認定の事実は慰藉料算定につき考察さるべき原告有利の事由である。しかし、他方、原告は本件事故の際、邦敏に原告所有の本件自動車を運転させていたものであり、右邦敏において本件事故につき過失があったこと前述のとおりであって、その事実は慰藉料算定につき減額事由として考慮すべきである(《証拠省略》によれば、本件事故当時、邦敏は原告の妻の弟であって、原告の近所に住んでいたが、その後原告は右妻と離婚していることが認められ、邦敏と原告とは身分上ないし生活上一体性をなす関係とみられないから、邦敏の前記過失をもって原告側の過失とみるわけにゆかないが、少くとも同乗者の過失は慰藉料に考慮してよい事項である)。そのほか諸般の事情を考慮し、慰藉料として金一五〇万円をもって相当と認める。

4  弁護士費用

前記逸失利益損害、慰藉料の合計認容額二七六万円の一割である二七万六、〇〇〇円をもって本件事故の損害である弁護士費用と認める。

被告は、右弁護士費用も邦敏側において被害弁償していると主張する。なるほど、《証拠省略》を総合すると、邦敏の父訴外松本久雄が原告訴訟代理人橘一三弁護士に前記認定金額以上の弁護士費用を支払っていることが認められるけれども、右弁護士費用は、原告がその権利擁護のための被告に対する訴訟追行上生じた費用、すなわち、専ら被告との間における本件事故と相当因果関係ある損害金であるから、邦敏側がその費用を支出したことをもって直ちにその賠償金まで弁済したものということができないし、ほかに右弁済の事実を認めるにたる証拠がない。よって、この点の被告の主張は理由がない。

5  以上認容損害合計金三〇三万六、〇〇〇円。

四  結び

さすれば、原告の本訴請求中、損害賠償金三〇三万六、〇〇〇円および内金二七六万円に対する昭和四六年一一月八日から、内金二七万六、〇〇〇円(弁護士費用)に対する本裁判確定の日の翌日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべきも、その余の部分は理由がないから棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言並びに免脱宣言につき同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 広岡保)

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